曹源寺

曹源寺、ご住所原田正道氏にお会いできたのは、大きくそして真摯なお人柄に触れたのは、久しぶりにうれしい出来事だった。それにしても無沙汰につき、我が身の怠惰に恥じ入る次第。曹源寺は、今や禅の国際道場として全国でも貴重な存在になっている。外国人修行僧が入山を待ち焦がれ引っ切り無しに訪れるし、ご住職はそれぞれの国で独立した弟子の寺で指導するために、海外を飛び回っている。発展されて、真実素晴らしいと思う。しかし当の本人は、「師匠の禅の国際化という目的を引き継いだだけ。当たり前のことを当たり前にやってきただけ。周りが変わっただけ。」と飄々と言ってのけるに違いない。

「当たり前のことを当たり前にやり続ける」精神力の、難しさを思う。高校時代から時々訪れていた曹源寺だが、外国人に触れる機会の少ない岡山で「ヒッピー崩れの集団」だとか「外国人ばかりで日本人の修行僧のいない変な寺」だとか揶揄する人は少なくなかった。また宗門からも異端視されていただろうし、営業活動らしいこともせず一途に修行に専念するスタイルを貫いていたからだろうか、敷地面積の広大なお寺を維持するためご苦労されたことも聞き及んでいる。

曹源寺は、外国人修行僧で盛り上がっている。鎌倉期より、日本人の根底を支えた禅文化が、外国人によって支えられているとしても、これはこれで「グローバリゼーション」なのかもしれない。
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# by isaotoshimori | 2014-03-15 12:56 | 日日に

秋山画廊について

「秋山画廊」は、コマーシャルギャラリーではありません。かと言って、貸し画廊でもありません。現オーナーは、作品を愛し、空間を愛し、作家を応援する姿勢を持っていらっしゃいます。展示が終わった何もない空間には、作品のエネルギーが積み重なった歴史を感じるとも、作家の作品は3回通しで見なければよくわからないとも、現代作家を扱う画廊の経営はとても大変だともおっしゃっていました。画廊は、現オーナーの人生そのものだとも。

学生時代からお世話になっている「秋山画廊」ですが、この度の私の個展で、「秋山画廊」の歴史も含めてお話出来る機会が有り、ここに紹介させて頂きます。代々秋山家は、日本橋高島屋通り向かいで、「滑稽堂」という浮世絵の版元を経営していたそうです。(現オーナーの祖父の代まで。)関東大震災を機に「滑稽堂」を閉じ、神田にお父様が一時期「秋山画廊」を構えられました。その後お父様はご病気になられ引退、現オーナーはそれまでの職を辞し、現代美術の「秋山画廊」を始められました。代々の歴史は、現在の画廊に直接繋がるものはありませんが、現オーナーが環境的に美術に触れてこられたことは、少なからず影響があったことだろうと思います。

現代美術「秋山画廊」が始まった当初、村岡三郎、榎倉康二、遠藤利克という現代作家の重鎮たちが個展をされ、そのことが現オーナーに多大な影響を与えられたそうです。その後も空間系(幾分マッチョな)の展示が多い、という特色が引き継がれていくことになります。日本の70年代80年代の現代美術を語る上では、存在感を益々増している画廊だと思っています。
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# by isaotoshimori | 2013-10-21 15:50 | アート

草枕

智に働けば角が立つ。状に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は生きにくい。住みにくさが高じると、安いところに引き越したくなる。どこに越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画が出来る。夏目漱石「草枕」の冒頭です。

現在、東京で草枕生活しているのですが(もちろん野宿ではない)、最近この文章がどうしても気になっていまして、本を買いました。漱石曰く、近大は自由な自我(エゴ)を獲得することと引き換えに、内面的孤独を持たざるを得なくなった、そうです。

エゴは、良いも悪いもなく、生まれてから死ぬまで引き受けて行かざるを得ないものです。近代以降、エゴはどうなっていったのでしょう。ますます剥き出しになって、ますます孤独の闇が深くなっていったのでしょうか?件の惨禍も、巨大なエゴイズムが産み出したと言えなくもないのでは?

私の作品のテーマは、水であるとともに、エゴでもあります。水はニュートラルな存在であり自然ですので、対照的に浮かび上がるものは、自分を含めた「エゴ」の存在なのです。
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# by isaotoshimori | 2013-09-18 11:15 | 日日に

「描写」すること

「描写」するということは、とても大切なことだと解りました。デッザンもそうですが、物をそっくりに描き写すことは、「受験のため」とか、「写真以上のものにならない。」とか(私も指導でそのように言うことがあります。)、アートの世界が自由にそれぞれの表現を吐き出しているのに比べて、とても地味で基礎的でつまらないものに思えます。しかし、「描写」することは「受け取ること」なのです。

「アートはコミュニケーション―ツール」という定義も、言い出されてから20年ほど経ちましたか、すっかり定着した感があります。コミュニケーションは、キャッチボールのように、「受け取ること」と「投げ返すこと」の両面があります。自己アピールやプレゼンテーションは「投げ返す力」ですが、「描写」することは「受け取る力」に大きく関わるということなのです。クリエイターにとっての「感受性」は資質としての第一義だと思いますので、「感受性」を育てる「描写」もまた、必要不可欠なものと思われるのです。

もう一つ、「描写」することで大切なことは、「解りたい。」「理解したい。」という欲求が動機に含まれることです。
「描写」することを軽視する無かれ。「受け取る」ことは、簡単ではありません。
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# by isaotoshimori | 2013-07-03 19:35 | アート

「別府」

芸術祭プロデューサー芹沢高志氏著「別府」を読んだのですが、この本は風土や歴史という文言に収まりきらない「土地のエッセンス」を集める意図があったのでしょう。現地アート情報とは関係ない「紀行随筆」でした。背景を含めて総体だ、背景を考えマッチングを計るのがプロデューサーとしての役割だ、というつぶやきが聞こえるようでした。

別府の「土地の力」は言うまでも無く温泉、種類量共に「MAX!」。日本の近代、福岡「石炭産業」、山口「コンクリート産業」、瀬戸内「軍需産業」の関係者、外国人観光客が押し寄せて、歓楽街も「MAX!」、今もかつての繁栄が随所に感じられます。
別府は、風土や歴史が随所に見られる懐の深さを保持していて、魅力的な町でした。アートイベントは、少々うらぶれて来た歓楽街(今でも十分すごいのですが)と、享楽性と物事の裏表両面を見せる点で共通しますし、保養地として心と体を癒すための「つかの間」の場所としても、相性がいいと思いました。

それだけではなく、地元を愛するアーティストやスタッフが関わり続け、人材やコミュニティーを育む継続的試みが成されていました。商店街に、地元のコミュニティースペース、インフォメーションセンター、展示スペース、などが設置され、様々なニーズに対応しています。時々アートイベントだけ行っても人もコミュニティーも育たない、これはアートイベントが足元からひっくり返りかねない大きな課題です。ここでは、バランスの良くケアーし、将来に繋げています。

街中の温泉に乳児の息子と入った時、見ず知らずのおじいさんが「熱かろう。」と湯を埋めてくれたり、息子をあやしてくれたりしました。(息子はおじいさんの「あやす顔」が怖かったみたいで余計に大泣きしてしまって、おじいさん!本当にごめんなさい。)ここでは、魅力的な土地が引き付けた、魅力的な人の出会いも有ったことだろうし、これからも起こりそうです。

それに対して、大企業の商業「文化」が、地方を覆っていくパワーとスピードはすさまじいものがあります。「氷山が育つ」のに比べ、画一化への流れはまるで「流氷が溶けていく」様に急激です。Destroy&Buildによって、その土地だけが持つ独特の魅力、風土や歴史は根こそぎ無くなって行ってしまう。それも地方を旅していれば、否応なく気付かされるものです。この点は、別府も例外ではありませんでした。

「文化の力」は、水面下の「土地の力」「人の力」の上に成り立った「氷山の一角」に過ぎない。現代アートは、その一部に過ぎない。「そこにしかないもの」が「魅力」であり、「観光資源」にもなる。「画一化」や「類似性」は、「文化」や「観光資源」として不利益です。「何がこの地域の良さだろうか?」という問いを持つ人、それも他の地域と比べる客観性を持っている人が多ければ多いほど、その地域が「魅力的な場所」になっていくように思えます。
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# by isaotoshimori | 2013-04-16 11:12 | アート