「宇部」

ときわ公園と言えば耳なじみがありませんが、宇部彫刻祭(宇部国際彫刻祭)といえば、美術関係者なら誰もが知っている伝統のある彫刻公園。UBEビエンナーレとして仕切りなおすようです。現代彫刻コンペティションとしては草分け的存在で、湖を望んで彫刻を眺めるのはとても気持ちがよかった。「公園」は芝生を含めてよく管理されていて、四季折々の花見が出来るのも素晴らしい。

私としては、「もの派」の作家たちの歴史を感じられるかと期待していたのですが、残念ながら整理されて、作品はあまり残ってはいませんでした。村岡三郎氏と土屋公男氏の、主張の激しい作品に出会えたのは幸いでした。
「もの派」再評価の動きがあっても、作品があまり残っていない。「もったいない」とは思いながら、人材や評価の継承は簡単じゃないんだと、自分に言い聞かせていました。
なぜ宇部彫刻祭が、継続的に行うことが出来たのか?しかも先端的な彫刻を収集できたのか?背景には、秋吉台カルスト台地など豊富な石灰岩地盤を持つ、山口県の「コンクリート産業」があります。そして先端的な彫刻を集めるという、地方の戦略を指揮した人がいたのです。
[PR]

# by isaotoshimori | 2013-04-16 11:04 | アート

アート・ヒステリー 大野左紀子著

アートを紐解く上での妙著です。アートを外側から見てばっさりと解析し、心理学から時代考証まできちんと論拠も踏まえ、わかりやすく書かれています。アート・ヒストリーならぬアート・ヒステリー、駄洒落か?過激な告発か?と思いきや、内容はまじめで客観的。

著者はかつてアーティストであり、美術教育にも関わりながらその経験を踏まえ、「アートから距離を置いたところ」から論じたとおっしゃられているが、その視点が現代日本のアートの状況を見透かしています。アートが解らないと思われている方にも、一般教養としてお勧めできます。

「アートから離れたところ」から「アート」が分かるのか?という反対意見も多いでしょうが、「むしろ外からの方が、客観的に良く見える。」というのも本当。なにより内部の人間であれば、言いにくいところがあります。今、アートは希望や可能性の代名詞とされていますが、実際は誤解や無理解、世相の変化、流行からねじれて、結構ややこしい状況です。この本は、「アート」というものを整理して考えていくために、いい参考になると思いました。
[PR]

# by isaotoshimori | 2013-03-18 15:13 | アート

神戸との交流

先日、神戸AKJの集まりに参加しました。AKJとは「アクト-神戸-ジャパン」の略称で、阪神淡路震災の後作られた、神戸の芸術家とフランス-マルセイユの芸術家の交流支援プログラムにおける、神戸支部です。
フランスから、世界的演奏家ベース・インプロヴァイザー、バール-フィリップス氏を迎えて、グッゲンハイム邸での一夜限りの交流でしたが、久しぶりに懐かしい顔に会えてうれしかった。

私との関わりは、台湾台中震災とAKJとの交流プログラムです。当初、ポーラ芸術家支援プログラムで台湾に一年滞在していた私は、神戸の芸術家と共に台中の震災地域を回り、子どもたちとのワークショップを開催、インタビュー作品を制作、台北と神戸CAP-HOUSEで展示を行いました。~2000年のことですから、もう12年前になります。

改めて思うことは、1995年阪神淡路震災から16年以上に及ぶAKJの交流、というより芸術家個人と個人がつながり続けているということです。それぞれ個性も強く、はっきりとした色を持っている人たち、もちろんそれぞれの苦労はあるのでしょうが、「私はこのように行きたい。」「周りにどう思われようが、私は私。」という覚悟が感じられるようでした。

そしてやはり思うことは、震災の影響です。彼らの「人生の選択」には、このことが大きく関わっているでしょう。16年経っても変わらず、自分に必要なことを続けている彼らの姿を見て納得しました。東北被災地域でも、将来間違いなく、素晴らしい作家たちが輩出されるような気がします。
[PR]

# by isaotoshimori | 2012-10-30 12:15 | アート

小川巧記氏の死を悼む

先月、小川巧記氏が不慮の事故で亡くなった。彼の代表的な仕事は、愛知万博「愛地球博」と、横浜Y150博のプロデューサーである。切り口は「市民参加」、市民主体で興す創造、社会的事業を盛り上げる仕事だった(ざっくり過ぎるまとめ方をお許し頂きたい。)。私は横浜Y150博でお世話になった。「また、お話したい。」とおっしゃられていたのに、その機会は永遠に失われてしまった。

彼のした仕事は、未来にとってはなくてはならない仕事だったと思う。3.11震災以降のNPO、NGOのめざましい働きは、今や社会に必要不可欠なものとされている。それを思うに付け、彼はその一翼を十二分に担ってきたのだと確信する。

「市民参加」は難しい仕事だ。その難しさは、横浜Y150博の期間中私も十分感じることが出来た。彼らエージェントたちは、市民一人一人と公平に、辛抱強く向き合い、しかも十分な後押しを行っていた。

彼は、過去の万博を「国家の力」、「企業の力」を見せるためのもの、これからの万博は「市民の力」を見せるためのものと見事に切り取っていらっしゃった。しかし「国家」、「企業」に比べて、「市民」自らプレッシャーと向き合い、自発的にブラッシュアップしていくことは難しい課題だ。それを支援するには長期にわたる取り組みが必要で、博覧会という短期的評価もまた難しい。市民一人一人の成果を、どう数値化しどう評価できるというのだろうか。 困難で評価も受けにくいがどうしても必要な仕事、これからますます必要になる仕事だろう。彼のした仕事がもっと評価され、彼のような人材が更に活躍することを祈りつつ、小川巧記氏の早すぎる死を悼む。
[PR]

# by isaotoshimori | 2012-09-01 18:45 | 忘れえぬ人々

「旅人の迷路」、大地の芸術祭12年目に初めて語ること

「旅人の迷路」について「これだけは言いたい。」ということをまとめた。

「旅人の迷路」で行ったことは、歴史のアッサンブラージュ(引用、貼り付け)であり、「古代の迷路」と「これから生まれる森」を、芸術行為として組み合わせたものだ。我ながら大それたことをしてしまったとは思う。「古代の迷路」と「これから生まれる森」が、長い年月を得て「縄文の」「大地の芸術祭としての」オマージュとして、今後成立していくことを切に願う。

歩いて、その人の身体を通して、わずかにでも「自然」や「古代」の何かを垣間見ることが出来たら、それが迷路を選択した理由だ。また、この地方で出土した国宝の火炎土器の文様と、この迷路の形象の類似性を持っている。

また、森を生み出す必要性について。この地方、どこを見回しても立派な田園や森があるので、わざわざこれから森を作ることは、地元の人にも来客にもほとんど理解されなかっただろう。「新しい森」は、「大地の芸術」という意味のためにこそ、これからの哲学=「梅原猛さんの縄文の思想」のためにこそ、必要だと思う。今の時代、「大地の芸術」とか「縄文の思想」とか言っても、薄ら寒いだけなのだろうか。そうでないことを祈りたい。

中央の坪、迷路の到達地点には、
「時に停まり 時に踏み越え 迷うも振り返らず 歩き続け 今 此に 到る
誰か知る 我 行先を 唯 道行に 幸 多からん事を」
という文面を載せている。
「踏み越え」という一節について、原発事故が起こった今だからこそ言えること。我々自身が多くのものを踏み越えてきたのだということ、我々が踏み越えたくなくても踏み越えざるを得ない時代に暮らしているのだということ、「赤信号が先に点灯していても、アクセルペダルから足を放せない。」社会をそれでも続けていっていいのか?ということ。

そうならないことを願う。「大地の芸術」が意味するものが、「祈り」であれば。
[PR]

# by isaotoshimori | 2012-09-01 18:42 | アート