「別府」

芸術祭プロデューサー芹沢高志氏著「別府」を読んだのですが、この本は風土や歴史という文言に収まりきらない「土地のエッセンス」を集める意図があったのでしょう。現地アート情報とは関係ない「紀行随筆」でした。背景を含めて総体だ、背景を考えマッチングを計るのがプロデューサーとしての役割だ、というつぶやきが聞こえるようでした。

別府の「土地の力」は言うまでも無く温泉、種類量共に「MAX!」。日本の近代、福岡「石炭産業」、山口「コンクリート産業」、瀬戸内「軍需産業」の関係者、外国人観光客が押し寄せて、歓楽街も「MAX!」、今もかつての繁栄が随所に感じられます。
別府は、風土や歴史が随所に見られる懐の深さを保持していて、魅力的な町でした。アートイベントは、少々うらぶれて来た歓楽街(今でも十分すごいのですが)と、享楽性と物事の裏表両面を見せる点で共通しますし、保養地として心と体を癒すための「つかの間」の場所としても、相性がいいと思いました。

それだけではなく、地元を愛するアーティストやスタッフが関わり続け、人材やコミュニティーを育む継続的試みが成されていました。商店街に、地元のコミュニティースペース、インフォメーションセンター、展示スペース、などが設置され、様々なニーズに対応しています。時々アートイベントだけ行っても人もコミュニティーも育たない、これはアートイベントが足元からひっくり返りかねない大きな課題です。ここでは、バランスの良くケアーし、将来に繋げています。

街中の温泉に乳児の息子と入った時、見ず知らずのおじいさんが「熱かろう。」と湯を埋めてくれたり、息子をあやしてくれたりしました。(息子はおじいさんの「あやす顔」が怖かったみたいで余計に大泣きしてしまって、おじいさん!本当にごめんなさい。)ここでは、魅力的な土地が引き付けた、魅力的な人の出会いも有ったことだろうし、これからも起こりそうです。

それに対して、大企業の商業「文化」が、地方を覆っていくパワーとスピードはすさまじいものがあります。「氷山が育つ」のに比べ、画一化への流れはまるで「流氷が溶けていく」様に急激です。Destroy&Buildによって、その土地だけが持つ独特の魅力、風土や歴史は根こそぎ無くなって行ってしまう。それも地方を旅していれば、否応なく気付かされるものです。この点は、別府も例外ではありませんでした。

「文化の力」は、水面下の「土地の力」「人の力」の上に成り立った「氷山の一角」に過ぎない。現代アートは、その一部に過ぎない。「そこにしかないもの」が「魅力」であり、「観光資源」にもなる。「画一化」や「類似性」は、「文化」や「観光資源」として不利益です。「何がこの地域の良さだろうか?」という問いを持つ人、それも他の地域と比べる客観性を持っている人が多ければ多いほど、その地域が「魅力的な場所」になっていくように思えます。
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by isaotoshimori | 2013-04-16 11:12 | アート