雪舟を訪ねる

今回の旅は、しみじみと沁みてくるといった趣。その感動を備忘録として書き留めておこうと思い、したためる。

雪舟は510年前亡くなった。中央でそれほど活動しなかった。山口を中心に放浪を繰り返し、没したのは山陰島根の西、益田市。人生50年と言われていた時代、46,7歳で京都を離れた。日明船の権利を持つ大内氏を山口に訪ね、明で水墨画の奥義を吸収する強い思いがあったため。帰日後も、応仁の乱以降の戦乱を避け、京都には戻らなかった。名聞利養ではなく、自身の画業を第一とされたという感じである。益田市は美しい里山風景が残る町、逗留期間も長く作庭も含め傑作が多く生み出されている。我々が訪ねたのは益田市と防府毛利博物館。

高梁から新見を抜けて出雲へ、そして益田へ。道中は雨に煙ふる山々に霧がかかって、まさに水墨画の世界の中だった。日本人の気質や情と湿度の関係について、我々は話をした。若い頃、ウェットな感じは余り好きではなかった。最近は子どもが出来たせいだろうか、むしろウェットな感じがしっくり来る。

出雲大社の境内には、豊かな自然の姿がある。絶えず、後ろの山から新鮮な水気を含んだ空気が流れ込み、水が流れている。水墨画も豊かな自然の姿を映す。霧がたゆたい、川が流れ、雪が積もり、まさに画から水が滴るが如くの世界に思えた。そう、日本の豊かな自然は湿潤だ。そして自然をつぶさに捉えようとする、繊細で豊かな感受性も、湿潤な人間性から生まれているような気がする。日本の自然に育まれた日本人なら、そうであっても不思議ではない。日本人の自然観、それが元になっているのだ。

それと共に、観ようとしなければ、少しもその姿を現してくれないのも自然である。雪舟の、禅僧でもある厳しさに相応して、自然観は豊かに広がっていくのだろう、「山水長巻」という晩年の傑作は横幅16mにもなった。揺らぎの無い「硬く枯れた」描線にも、自然との一体感を感じる。巨人である。その自然観も、深く広く圧倒的だった。

物質の豊かさと、自然への豊かな感受性を引き換えにしてしまったか?
痛ましいことが続き、いつの間にか心が乾いてしまったのだろうか?
山陰の旅は、そのような当たり前でありながら、かけがえの無い「自然」と、その豊かな水の世界を思い出させてくれた。
[PR]

by isaotoshimori | 2015-04-10 15:45 | アート