奇妙な果実

「奇妙な果実」というジャズの名曲があることを御存知だろうか?哀切に満ちたメロディーで、静かに悲しみが迫ってくる。「奇妙な果実」とは、朝になって木に吊るされた黒人のことだ。夜のうちにおそらく覆面をして、「生意気な」黒人を集団で吊るし上げる。おぞましい集団リンチ殺人だ。けれども、かつてのアメリカには実際あった。

今回のロゴ事件に関して、色々な人に意見を聞いてみた。あのロゴは実際によくないと感じたと言う意見と共に、ネットの恐ろしさを感想にする人が多かった。確かによく調べていると私も思ったし、コネコネ権力村の一角を崩したことは賞賛すべきかもしれない。しかし個人攻撃であること、一方的であること、責任が攻撃する側に生じないこと、個人が特定できない匿名集団がそれを行ったこと、これは奇妙と言うより奇怪な現象だ。

話を元に戻すと、差別、いじめは別にアメリカに限ったことではない。日本にも、今でも根強く存在する。部落差別、ハンセン氏病隔離、外国人排斥運動、それらは大概、好き嫌いや優越感と言った生理的なものと分かち難く結びつき、「周りがそう言っているから、そうする。」と言うように、中身を理解せず、対話が無く、一方的だ。肌の色が黒いというだけで、そこに住んでいるというだけで、病気が身体に及ぼす外見だけで、日本人じゃないと言うだけで、生意気だ偉そうだと感じるだけで、それが起こる。しかし差別に加担した側に改めて問うならば、そんな非人間的なことをするはずが無いと答えるか、みんなしているじゃないかと責任転嫁する、薄い罪の意識があるだけだろう。

これを集団による加害と例えるならば、最悪なものが戦争やテロだ。日本でも、やはり戦争のことを忘れてはならないし、繰り返さない努力をするべきだ、というのはどなたにも頷いていただけるだろう。その原因について、当時の政治家軍関係者に責任があるということになっている。だが、なぜ一般民衆が扇動され、終には最後の一人になるまで戦うというところまで「洗脳」され、とてつもない数の犠牲者が出るまで引き返すことが出来なくなったのか?選民思想、日本人は他の国より優秀で正しい、他の国を支配するべきだという思想に、多くの人が同意し或いは同意せざるを得ない状況が作られていたからではないか?集団心理というものは、恐ろしいものだ。中東の「国」を名乗る覆面集団も含め、差別や戦争も、一方的で匿名で対話が成り立たないという共通する構造を持っている。そこでは決して、個人の意見や立場が尊重されることは無い。戦争当時の生々しい記憶を持つ人がまだ残っているうちに、公的機関はその原因を記録して保存して頂きたいと願う。ドイツは、ヒットラーになぜ人々がそこまで扇動されたか、分析し記憶を保持している。

今、少数の意見がとても大きく扱われたり、個人の言い分が集団の言い分にかき消されたり、会社や個人が攻撃対象にされることをひどく怯え、心を閉ざして行っている。お互いに顔が見える関係同士ならば、私は少しも悪いことはしたことが無いと、胸をはって言える人はまずいないだろう。だからお互い様、おかげ様という、平和でおおらかな付き合い方が出来る。お互い顔の見えない匿名集団は、当人たちも歯止めが利かない「諸刃の剣」に思えて恐ろしい。人の悪いところを論い、みんながびくびくして個人の意見の言いにくくなり、お互いが信用できない世間が生まれた時、「単純で魅力的な思想」に多くの人々が一斉になびくかも知れない。そうなると、ますます個人の意見が封殺される社会が出現する、今回一番心配なのはここだ。
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by isaotoshimori | 2015-09-11 15:00 | 日日に