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パロディーについて

昨今有名なものに便乗して、ちょっとアレンジして「ああ、あれね!わかるわかる。」みたいなノリで、安易に受けるんじゃないかと思ってパロディーを使う人、増えていませんか?まあ休み時間必ずそういうネタで、人気者になっている中高の学生はいました。そんな軽いノリだから軽く流して、ということなんでしょうかね。

パロディーは冗談から本気までレベルがあると思うのですが、広告宣伝でする場合やプロの場合、一般の方々に面白がられる一方著作権侵害としてきっちりツケを払わされてしまうことがあります。(ちなみに、うちの女房が仕事でしている「ザグザグCM」に関しては、アイデアは当方のものではありませんので、とあらかじめ責任逃れ申し上げておきます。笑)

パロディー作家、マッドアマノ氏も裁判になってしまいました。雪山の写真を撮った写真家白川氏が、その写真に大きなタイヤを転がしたマッドアマノ氏を訴え、マッド氏の有罪。パロディーにもオリジナリティがあれば作品として成立するのでは?と私は思っているのですが、その当初パロディーにはそれほどオリジナリティは認められていませんでした。

もう一人は日本を代表する「パロディー作家」、赤瀬川原平氏。現代ではアートの世界ではそのように他のものを取り入れて作品化することを「アプロプリエーション(盗用)」と言い、権利を主張出来るようになっています。(しかし裁判は格段に増えているようです。)だからアプロプリエーション作家、赤瀬川原平氏と言った方がいいかもしれません。赤瀬川原平は、なんと1000円札を作品化しました。に対して、警視庁が紙幣偽造の罪を問い、裁判になりました。1000円札をモチーフにして流用する方法は、ぎりぎりの線を突いたみごとなアプロプリエーション作品ですが、やっぱり有罪。しかし「東京ミキサー計画」という名著で、アートと法律の立場の違いを明らかにしていました。アート史に残る事件です。(余談ですが、有罪にならなければ、アートを騙る連中が今頃精度のいいコピー機でじゃんじゃん偽札を刷っている事態になっていたかもしれません。)

私も大好きな作家ですが、美術手帳には「資本論」のパロディーを展開、余りに舌鋒が鋭すぎて「本当だと思い込んだ人がいた。」とかで、すぐに休載!すごいなと思うのは、パロディーにする相手が、恐れ多くも「お上」であることが多いのです。でも例としては、中世から庶民に流行る歌や落語、近代からは風刺漫画の存在がありました。批判を潜ませ面白可笑しく皮肉るのは、パロディーの真骨頂かもしれません。自己批判も含めて、対象さえ「にやり」とさせる、或いは「はっ」とさせるのは、すごくハイセンスな作業でしょうね。
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by isaotoshimori | 2014-10-25 12:01 | アート